大判例

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仙台地方裁判所 昭和53年(ワ)315号 判決

原告

中井あい

中井淑子

中井俊一

中井隆子

右四名訴訟代理人弁護士

青木正芳

石神均

被告

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

三輪佳久

金子政雄

鈴木進

庄野安彦

海老原昭

木村篤

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告中井あいに対し金四七八一万四二〇六円、同中井淑子、同中井俊一、同中井隆子に対し各金一〇一八万六〇四二円及びこれらに対する昭和五〇年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告中井あい(以下「原告あい」という。)は、亡中井淳(以下「淳」という。)の母であり、淳の父である亡中井隆治(昭和五一年一二月七日死亡)の妻である。原告中井淑子、同中井俊一、同中井隆子は、右夫婦の子である。

(二) 被告は、東北大学金属材料研究所附属道川爆縮極強磁場実験所(以下「本件実験所」という。)を設置・管理し、淳を含め右実験所で行われる実験に従事していた共同実験者らを雇用していたものである。

2  実験準備中の爆死事故

(一) 事故の概要

昭和五〇年三月二七日、当時東北大学金属材料研究所助手であつた淳は、本件実験所(秋田県由利郡岩城町大字勝手中島所在)において、同研究所中川康昭教授(本件実験所所長。以下「中川教授」という。)の指導の下に火薬爆発を利用した極強磁場下におけるゼーマン効果の磁気分光学的実験(以下適宜「本件実験」という。)を行うため、他の共同研究者らと共に準備中、爆発室内でただ一人作業をしていたところ、そこにあつた爆薬が爆発(以下「本件爆発」という。)し、その結果顔面挫砕骨折により即死した(以下「本件事故」という。)。

(二) 事故発生原因

(1) 本件実験のための設備及び実験設備間の結線の概略は、別紙一(ブロック略図)記載のとおりである。

(2) そして、本件実験所における同別紙記載の爆発室内にいた淳が、同記載の観測室内にいた本多直樹(当時東北大学大学院生。以下「本多」という。)とインターホンで連絡をとりながら(右爆発室から右観測室を見通すことはできない。)、右観測室内での後藤恒昭(当時同大学助手。以下「後藤助手」という。)による電気計測装置のタイミング調整作業と平行して、円筒型爆縮セットの設置位置調整作業を行つていた際に、本件爆発が発生した。

(3) ところで、本件実験において爆薬が爆発するためには、次の①ないし⑤の条件が同時に整うか、①ないし③及び⑤の条件が同時に整つた後に④の条件が整う必要がある。

① 起爆用コンデンサーバンクが充電(二〇〇〇V以上)されていること。

② トリガーパルス発生回路とイグナイトロンが結線されていること。

③ 安全短絡スイッチがオフ(起爆側)になつていること。

④ 電気雷管脚線が起爆用ケーブルと結線若しくは事実上結線されているか又は右脚線と右ケーブルのプラス側が接触していること。

⑤ イグナイトロンにトリガーパルスが入力するか、又は、事前に入力していること。

(イグナイトロンにトリガーパルスが右④の条件が整う前に入力していることも爆発条件たりうるのは、本件実験に使用された起爆用ケーブルは観測室から爆発室まで伸びており、ある程度の太さを有していたので右ケーブルそれ自身がコンデンサーの役割を果たすことが可能で、充電電圧が四〇〇〇V以上あれば、右ケーブルに蓄えられている静電エネルギーの放電のみによつても本件電気雷管が暴発する可能性は十分認められるからである。)

(4) したがつて、本件爆発は、後藤助手が前記タイミング調整作業を行つた際にパルス発生器から発生したトリガーパルスが電気雷管起爆装置のイグナイトロンに入力し、その時右(3)の①ないし④の爆発条件が整つたか、又は右パルスの入力時に同①ないし③の爆発条件が整い、その後に同④(但し、本件爆発当時、電気雷管脚線は起爆装置のケーブルとは結線されていなかつた。)の爆発条件が整つたために発生したというべきである。なお、同④の爆発条件が満たされたことについては、次の二通りの推測をすることができる。

① 爆発室内にあつた鉄アングル架台、人体等を介して電気的に結線状態が実現された。

具体的には別紙二記載の図に示すように、点と点における同時接触であり、点においては、電気雷管脚線の長さが約五〇センチメートルなので実験架台下まで伸びている起爆用ケーブルと偶然接触することが可能であり、点においては、直接的接触のほか本件事故当時に淳は位置調整のために爆縮セットを素手で動かしている最中であつたので人体を介しての間接的接触の可能性も考えられるのである。

② 起爆用ケーブルのプラス側と電気雷管脚線が偶然に接触したところ、本件実験に使用された電気雷管には、耐暴爆用装置(電気雷管脚線に電位が与えられた場合に、金属管体と電橋用白金線とをほぼ同電位に保つことにより、金属管体の内部に収容されている点火薬の内部を貫通するストリーマーなどの発生を抑制することで暴発を防止するための装置)が施されていなかつたため、電橋白金線に電圧が印加され、その際、金属管体との間に電位差が発生することから、右両者間にストリーマー放電(又はコロナ放電。以下単に「ストリーマー放電」という。)が生じ、この放電エネルギーにより点火薬が暴発した。

3  被告の責任原因

(一) 安全配慮義務違反

国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき施設若しくは器具等の設置又は公務員が国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理に当たつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うべきである。そして、本件実験の設備及び作業手順には、以下に述べるような瑕疵ないし誤りがあり、右瑕疵ないし誤りが一つでもなければ本件事故は発生しなかつたものであるから、淳による電気雷管脚線と起爆用ケーブルとの結線の有無にかかわらず(本件事故は淳が右結線を行つたことにより発生したものでないことは既述のとおりであるが、「ヒトは本来誤りを犯しやすい動物であるから、ヒトをして危険な業務に就かしめる者は、ヒトが誤りを犯したとしても事故が発生しないように装置及び手順の双方に万全の配慮を加えるべきである」から、被告に安全配慮義務違反があることについては右結線の有無を問うべきでない。)、被告は被用者たる淳に対する安全配慮義務に違反したものである。したがつて、被告は右義務違反によつて発生した原告らの後記損害を賠償する義務がある。

(1) 実験設備の瑕疵

本件事故は前記2(二)(3)①ないし⑤の五つの爆発事件が同時に満たされたためか、同①ないし③の条件及び⑤の条件が同時に整つた後に④の条件が満たされたために発生したものであるが、それぞれの条件が整つたのは、本件実験設備の安全性に関して、以下の瑕疵が存在したことによるものである。

① 前記①の爆発条件について

本件実験に使用した起爆用充電電源が手作りであり、この種設備には当然設置されていなければならないメーターリレー(充電電圧が指定の電圧に達すると充電回路のスイッチが自動的にオフになる装置)が設置されていなかつたため、起爆用コンデンサーバンクが常に充電されている状態となつていた。

② 前記②の爆発条件について

トリガーパルスの出力端子とイグナイトロンの入力端子を結ぶコネクターが、安全性につき何ら問題のない設備間を結線する際に使用されるものと全く同様のものであつた。

後述するように、右コネクターは起爆の際以外にははずしておくのが常識であるから、誰もが一目で右コネクターの着脱状態がわかるような処置をしておくべきであるにもかかわらず、これをしていなかつた。

③ 前記③の爆発条件について

安全短絡スイッチは中川教授が採用していた唯一の安全装置であるが、これにも次のような瑕疵があり、「安全」なものとはいえなかつた。

右スイッチのように安全のために基本的な装置は、着色したり警告用の表示を附近につけるなどして他の装置と区別するとともに、操作上の誤りを犯さないように、どちら側にスイッチレバーを倒せば安全かなどの指示標識を設置すべきである。また、右スイッチをオフにするのは起爆直前の秒読みの段階だけであるから、そのときは赤ランプが点滅しブザーが断続的に鳴るなどの装置を設備する必要がある。そして、右の諸措置は簡単にできるものである。それにもかかわらず、右諸措置は講ぜられていなかつた。

右スイッチは安全のために重要なものであるから、目につきやすい場所に設置すべきであるのに、観測室のカメラ架台の下に設置されていた。

なお、右設置場所については、単に目につき難いというだけでなく、作業中に右スイッチレバーを足で引つ掛けることで右スイッチがオンからオフになる可能性もあり、全く安全に対する配慮が欠けていたといつてよい。

右スイッチは観測室にしかなかつた。そのため、何らかの理由によりスイッチがオフ状態になつても、爆発室内にいる者には、それを知りえない構造になつていた。しかし、真に危険に直面しているのは爆発室内にいる者であるから、爆発室内にもう一つ右スイッチに相当するスイッチを直列に入れ、そのスイッチの状態を赤ランプで表示して(爆発室はコンクリート壁で囲まれているだけで内部の照明は電球一個であるから薄暗かつた。)安全を確保すべきであつたのにそれらの処置がなされていなかつた。

本件実験に際しては、インターロックシステム(安全短絡スイッチのかぎと爆発室のドアのかぎを同一のものとし、爆発室のドアを開けて内部に人がいるときは右スイッチをオフにできないシステム。放射線発生施設では通常用いられており、本件実験のような爆縮実験の場合に、その採用について本件事故発生当時はもちろんのこと、本件実験所開設時である昭和四五年当時においても関係者の間では常識であつた。また、その原理は簡単で費用もかからない。)を採用すべきであつたのに、それを採用しなかつた。

④ 前記④の爆発条件について

本件実験に使用された電気雷管脚線の長さは五〇センチメートルであるため、結線作業を爆発室の爆薬のすぐそばの砂地の床で行わなければならなかつた。右は、単純な発破作業においてさえ結線は爆薬から遠く離れた安全な場所で行われているのと対比すれば、右脚線の長さにつき安全性に対する配慮が欠けていたというべきである。

右脚線の先端は単にねじり合わされていただけで、何のカバーも付けられていなかつた。そのため、電気雷管起爆用ケーブルと右脚線を人為的に結線しなくとも、前記2(二)(4)①のとおり電気的に結線状態が実現された可能性がある。したがつて、右脚線の先端にはカバーを付けるなど電気的絶縁の工夫をするべきであつた。

本件実験に使用された電気雷管は、特別注文品であるが、前記2(二)(4)②のとおり耐暴爆用装置が施されていなかつたためストリーマー放電が生じて点火薬が暴発した可能性がある。したがつて、右電気雷管には右装置が施されるべきであつた。

(2) 作業手順の誤り

中川教授が定めた本件実験の作業手順には、次のとおり誤りがある。

① 本件実験は共同実験であり、しかもその内容は危険なものであるから、作業手順を図示し各共同実験者に周知徹底させるとともに、起爆後の処置も含め、事前に各共同実験者の作業分担を明確に定め、かつ全体の作業の進行及び終了状況を把握し確認する役割を持つ監督者一人を置いて、一つ一つ安全を確認しつつ作業を進めるべきであつたのに、それらが全く実行されていなかつた。

② 前記①の爆発条件が整うことを未然に防ぐための作業手順について

前述のようにメーターリレーが設置されていなかつたのであるから、充電後直ちに充電スイッチをオフにして次の充電を防ぐべきであつた。この点について、中川教授が定めた手順によれば、爆発終了後に右スイッチをオフにすることとなつていた。しかし、起爆用コンデンサーバンクに対する充電は、ごく短時間になされるから、右手順では、爆発による放電の後、充電スイッチがオンのままであることの当然の結果として再度充電されることになり、結局コンデンサーバンクは常に充電されていることになつてしまう。したがつて、換言すれば右手順は安全確保につき何らの効果もないというべきである。

③ 前記②の爆発条件が整うことを未然に防ぐための作業手順について

トリガーパルスの出力端子とイグナイトロンの入力端子を結ぶコネクターは、起爆の時以外は当然はずしておくべきであつたのに、そのように手順を定めていなかつた。さらに、安全に対する十分な配慮という点からは、右コネクターをはずしていても何らかの電気的ノイズの影響により電気的に結線状態となる可能性があるので、爆発室内に人がいる場合は一切の電気的操作は行わないという手順を採るべきであつたのに、それをしなかつた。

④ 前記③の爆発条件が整うことを未然に防ぐための作業手順について

安全短絡スイッチは、中川教授が採用した唯一の安全装置であつたにもかかわらず、これを操作し安全を確認すべき人が明確に定められていなかつた。また、右スイッチの確認時期を爆発室入室前と明確に定めて実行すべきであつたのに、右確認時期は起爆用ケーブルと電気雷管脚線を結線する前と定められていた。

⑤ 前記⑤の爆発条件が整うことを未然に防ぐための作業手順について

本件実験の設備の構造上、電気計測装置の調整作業には、起爆装置のコンデンサーバンクの放電のために、イグナイトロンにトリガーパルスを入力させる作業が必ず必要である。そして、爆発室内で人が作業しているときには、右調整作業を禁止すべきであつたのにこれをせず、実際は後藤助手による右調整作業が爆発室内での淳の作業と同時に平行して行われていた。

(二) 営造物の瑕疵(国家賠償法(以下「国賠法」という。)二条)

仮に右安全配慮義務違反が認められないとしても、右に述べた実験設備の瑕疵及び作業手順の誤りは国賠法二条一項に定める営造物の瑕疵に該当する(なお、右瑕疵は、淳による電気雷管脚線と起爆用ケーブルとの結線の有無にかかわらず存在していることは、安全配慮義務違反の場合と同様である。)から、被告は右瑕疵により発生した原告らの後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) 使用者責任(国賠法一条又は民法七一五条)

仮に右営造物の瑕疵が認められないとしても、本件事故は、被告の被用者である中川教授らが採用した実験設備や定めた作業手順に前記(一)(安全配慮義務違反)及び(二)(営造物の瑕疵)のとおり瑕疵や誤りがあつた(なお、中川教授らによる右不法行為は、淳による電気雷管脚線と起爆用ケーブルとの結線の有無にかかわらず存在することは、安全配慮義務違反及び営造物の瑕疵の場合と同様である。)ために発生したものであるから、被告は国賠法一条又は民法七一五条に従つて、使用者責任を負うべきであり、中川教授らの右不法行為によつて発生した原告らの後記損害を賠償すべき義務がある。

4  原告らの損害〈省略〉

二  請求原因に対する認否

1  1の事実中、亡中井隆治が昭和五一年一二月七日に死亡したことは知らないが、その余の事実は認める。

2  2(一)並びに(二)(1)及び(2)の事実は認める。

3  2(二)(3)の事実中、電気雷管脚線と起爆用ケーブルとが事実上結線されているか又は右脚線と右ケーブルのプラス側が接触していること、イグナイトロンにトリガーパルスが④の条件が整う前に入力していることがそれぞれ爆発条件の一つであること(後者が爆発条件たりうることの理由説明部分も含む。)を否認し、その余の事実は認める。

4  2(二)(4)は争う。

5  3(一)の冒頭部分は争う。

6  3(一)(1)①のうち、本件実験に使用した起爆用充電電源が手作りであり、メーターリレーが設置されていなかつたことを認め、その余は争う。

なお、メーターリレーは、充電電圧が指定の電圧に達した場合にそれ以上の充電を自動的に防止するための装置であり、起爆用コンデンサーが常に充電されている状態にあるか否かとは直接関係しないものである。

7  3(一)(1)②の事実は認め、同は争う。

当該コネクターは市販の同軸ケーブルである。

8  3(一)(1)③のうち、安全短絡スイッチが中川教授が採用していた安全装置であること、右スイッチをオフにするのは起爆直前の秒読みの段階だけであること、右スイッチに特殊の着色が施されていなかつたこと、右スイッチがオフの際に赤ランプが点滅しブザーが断続的に鳴る装置が設置されていなかつたこと、右スイッチが観測室のカメラ架台の下に設置されていたこと、原告ら主張のようなインターロックシステムが設置されていなかつたことは認めるが、その余は争う。

安全短絡スイッチを爆発室に設置すると、そのスイッチを操作する時点において、かえつて作業者が危険にさらされるおそれがある。また、右スイッチの設置場所、標識等については、淳を含め中川研究グループが事前に十分意見交換し合議のうえ決定、実施したものであり、その後本件事故発生まで、何人からもその位置、標識等に関する改善意見が出されたりはしなかつたものである。

9  3(一)(1)④のうち、本件実験に使用された電気雷管脚線の長さが五〇センチメートルであり、結線作業を爆発室の爆薬のすぐそばの床で行つていたこと、右脚線の先端がねじり合わされており、その上にカバーが付けられていなかつたこと、右雷管が特別注文品であつたことは認め、その余は争う。

10  3(一)(2)のうち、本件実験における作業手順として起爆後充電スイッチをオフにすることになつていたこと、右作業手順として「トリガーパルス発生器の出力端子とイグナイトロンの入力端子を結ぶコネクターを起爆時以外ははずしておかなければならない」及び「爆発室内に人がいる時は、一切の電気的操作を行わない」との定めがなかつたことは認めるが、その余は否認又は争う。

11  3(二)及び(三)は争う。

12  4(一)の事実は知らない。

13  4(二)(1)の事実は認め、同(2)は争う。

14  4(三)及び(四)は争う。

15  4(五)の事実は認める。

三  被告の主張

1  本件事故は、後述のとおり淳自身が招来したものであり、安全対策に怠りのなかつた被告には何ら責任がないというべきである。以下、右の点に関する前提事実について詳述する。

(一) 本件実験にかかわる人的・物的設備の概要

(1) 東北大学金属材料研究所の組織

本件実験所を統轄する東北大学金属材料研究所は、同大学に附置された学術研究組織の一つであつて、仙台市片平二丁目一番一号に本部を置き、理学博士渡辺浩所長以下総計三〇〇余名の職員が勤務している。同研究所の組織概要は別紙三のとおりであり、内部組織として教授会、研究部、附属工場、事務部があり、右のうち、研究部は「基礎」「金属材料」「原子炉材料」「金属化合物材料」の四研究部並びに「材料試験炉利用施設」及び本件実験所の二施設から組織されているが、右各研究部は更にそれぞれの研究テーマを有する複数の研究室に分かれている。右各研究室は、教授、助教授、助手等によつて編成された研究組織で、教授を中心に研究室独自の研究テーマに関して共同研究・共同実験を行つているほか、各研究員による個別的研究・実験も併せて行うこととなつている。

(2) 淳の所属していた研究グループ

本件事故当時、同研究所「基礎」研究部の「磁気物理学」研究室に所属していた中川教授、庄野助教授、三浦、後藤、淳各助手の五名は、中川教授の指導の下に、本件実験所における後記爆縮実験を含む「極強磁場下における金属物性」の共同研究に従事していた(以下、この共同研究グループを「中川研究グループ」という。)。本件事故当時の中川研究グループ所属者別年齢、学位、職名、同研究グループ所属年月日、研究テーマ等及び同研究グループが本件事故当時までに行つた後記「爆縮実験」の日、内容、参加者等は、別紙四及び五のとおりである。

(3) 本件実験所の施設概要

本件実験所は、所長が中川教授であり、前記のとおり東北大学金属材料研究所の一内部組織ではあるが、主として中川研究グループの共同実験に利用されていた。その建物配置は別紙六のとおりであり、各建物の主な用途は次のとおりである(なお、符号AないしHは別紙六の「凡例」の符号に対応する。)。

A 宿泊室

実験期間中の宿泊、食事、休憩等に使用されている。

B 主電源及び監視装置室

主電源関係施設が設置されているほか敷地内監視用の工業用テレビカメラ、本件実験所周辺の勝手部落向けの爆発予告放送用の大型スピーカーなどが取り付けられている。

C 観測室

観測データを得る部屋であり、電気計測装置、初期磁場発生装置、分光流し撮りカメラ等の装置が設置されている。

D 準備室

爆縮セットに爆薬や電気雷管プローブを取り付けるなど実験の準備作業に使われている。

E ポンプ室

地下水、用水用ポンプが設置されている。

F 物置

G 火薬庫

実験に使用するために本件実験所へ運んできた爆薬を実験期間中に限り保管する場所である。

H 爆発室

爆縮セットを爆発させる場所として使用した。

(二) 本件実験の内容及び使用装置の概要

(1) 爆縮実験

東北大学金属材料研究所では、かねてからその研究活動の一部として極低温度、超高温度、超高圧力、超強磁場等のいわゆる「極端条件」下における金属材料の物性の基礎的解明とこれに基づく新材料の研究・開発を積み重ねてきたところ、通常「爆縮実験」と略称される「爆縮極強磁場実験」は、右「極端条件」の一つである「超強磁場」の生成及び利用を直接の実験目的とした研究活動の一つであるということができる。そして、本件実験は、爆縮実験であり、生成された超強磁場下における物質の状態をゼーマン効果(磁場による原子スペクトル線の変化)を利用して探究しようとする実験である。

爆縮実験とは、いわば、爆薬の爆発エネルギーを利用して、強磁場空間をより狭い空間に圧縮することにより、同空間の磁束(磁力線の束)をより緻密に集中させ(「磁場の濃縮」と呼ばれる。)、瞬間的ながら同空間に一〇〇万エルステッドを超える超強磁場を生成させようとする実験であるということができ、この実験のために用いられる実験装置で磁場コイル、プローブ、爆薬などを組み合わせたものを「爆縮セット」と呼ぶ。

爆縮セットには、「円筒型爆縮セット」と「平板型爆縮セット」の二タイプがあるが、中川研究グループは、主として前者を用いていた。

(2) 爆縮セット

円筒型爆縮セットによる爆縮実験は、「円筒型爆縮法」ともいわれ、金属製の円筒内部にあらかじめ五万エルステッド前後の強磁場(これを「初期磁場」という。)を発生させておいたうえで瞬間的に円筒中央部を外部から均等の強度で圧迫すると、円筒の内部空間が対称性良く圧縮され、同時に右内部空間を走る磁束が空間中心部に圧縮(濃縮)されるため、空間中心部に、瞬間的ながら、初期磁場に比し格段に強力な磁場、すなわち超強磁場が生成される原理を応用した実験手法であつて、右円筒を均等の強度で圧迫する方法として、円筒周囲に均等に配置した爆薬の爆発エネルギーを用いる点に特徴がある。

中川研究グループが従来用いてきた円筒型爆縮セットの構造は、ほぼ別紙七記載のとおりであり、本件事故当時に淳が設置しようとしていたものも同型のものである。その主要部分の構造と機能について若干の補足説明を加えると次のとおりである。

① セット本体ともいうべき金属円筒の中央部を除く外部周囲には、初期磁場コイルが幾重にも巻き付けられているが、これは、実験時これに通電して金属円筒の内部空間に強力な初期磁場を生成させるためのものであり、その両端は、観測室の初期磁場発生装置から出るケーブルと連結されるべく爆縮セットの外部に伸びている。

② 金属円筒中央部の外部周囲にはドーナッツ型の容器がはめ込まれるが、同容器の中には、爆薬が万遍なく詰められ、等間隔に直列に連結された八本の起爆用電気雷管(その構造を図示すると別紙八記載のとおりである。)が埋め込まれている。これらの電気雷管に二〇〇〇V以上の電圧をかけて通電することによつて、右各電気雷管の電橋の導線が瞬時に断線して放電状態が生じ、容器内の電気雷管及び爆薬が、時を同じくして爆発し、金属円筒中央部を外部から内部に向けて均等の強度で圧縮し、初期磁場を濃縮することとなるのである。

各電気雷管から出る二本の脚線は、それぞれ隣接する電気雷管の脚線と直列に連結され、最初と最後の各電気雷管の脚線の各一本は、実験着手直前まで相互にねじり合わされて連結された状態に置かれているが、実験開始直前にほどかれて初めて相互に連結されることなく爆縮セットの外部に伸び出し、実験時に観測室の電気雷管起爆装置から出るケーブルと連結される。

③ 金属円筒の底部中心部には複孔磁器管が設置され、その内部をゼーマン効果発光プローブ導線二本が走り、複孔磁器管の先端部分でプローブ(「検体」ともいい、本件実験当時は塩化ナトリウムをまぶした銅線が用いられていた。)に接続されている。実験時に爆縮セットから外部に伸びる右導線の末端を観測室のゼーマン効果発光電源装置と連結し通電すると検体が発光するが、超強磁場の発生に伴いその発光スペクトルに変化を来すので、これを分光流し撮りカメラで撮影し逆に新たに発生した超強磁場の強度を計測する。

④ また、複孔磁器管の外部周囲には磁場ピックアップコイルが巻き付けられているが、金属円筒内部に発生した初期磁場、超強磁場の強度変化は、右コイル内に電圧を発生させるのでこれを計測することにより超強磁場の強度を知るための装置であり、その両端は、爆縮セットから外部に伸びていて、実験時、観測室の磁場計測装置から伸びる導線に連結される。

(3) 電気雷管起爆装置

「電気雷管起爆装置」は、電気雷管の電橋に前記のような高電圧をかけるための装置であり、コンデンサーバンク、充電電源、スライタック(摺動変圧器)、イグナイトロン放電回路等から成つている。

電気雷管の脚線との結線を含むすべてのイグナイトロン放電回路が閉じられている場合を想定して、電気雷管への通電経過を説明すると、以下のとおりである。まず、電源スイッチ及び充電スイッチをオンに入れてスライダック目盛を一定電圧に調整することにより、電源から流入した電荷はコンデンサーバンクに蓄積される。次に、蓄積された電荷はイグナイトロン点弧(駆動)用トリガーパルス(瞬間的電圧信号)発生器の作動により瞬間的な大電流としてイグナイトロン放電回路を経由して電気雷管の電橋に達し、これを切断放電して起爆薬及び爆薬を爆発させることになる。

(4) 指令パルス発生器

以上述べたとおり、円筒型爆縮セットの初期磁場コイル、起爆用電気雷管及び爆薬、ゼーマン効果発光プローブ並びに磁場ピックアップコイルは、実験時にそれぞれ観測室内の初期磁場発生装置、電気雷管起爆装置、ゼーマン効果発光電源装置及び磁場計測装置に連結され、これらの装置の作動によつて、初期磁場発生、爆発及び超強磁場発生、ゼーマン効果による発光スペクトルの変化並びに磁場計測用電圧の各現象を生じることとなる。

ところで、右現象は、いずれも瞬時に発生、消滅するものであるから、ゼーマン効果による発光スペクトルの変化を写真撮影するためには、右各装置を一斉に作動させることが必要不可欠である。

そこで、中川研究グループでは、ゼーマン効果実験を伴う円筒型爆縮実験に際しては、右各装置の作動装置を分光流し撮りカメラのシャッターと連結する「指令パルス発生器」に集結させることにより、右シャッターを押すと同時に右発生器が作動し、更には右各装置が一斉に作動して、右各現象を発生させ、その現象下に見られる発光スペクトルの変化を撮影することとしていた。

(5) 安全短絡スイッチ

本来、放電回路の形成は、電気雷管起爆装置のケーブルと電気雷管の脚線の結線によつて終了してよいはずである。しかし、右結線は他の起爆関係操作が爆発に対して安全な観測室において行われるのと異なり、爆発室において爆縮セットの直近で行われるものである。そのため、右脚線の結線によつてイグナイトロン放電回路に電流が流れるような状態になつていたとすると、脚線の結線によつて爆薬が暴発し、右セット設置者が爆発の直撃を受けるという危険が生じないでもない。この危険性を回避するため、中川研究グループでは、特に起爆装置をつなぐケーブルの途中に「安全短絡スイッチ」を介在させ、これを観測室に設置して、右脚線の結線を終了するまで右スイッチを短絡側に倒しておきさえすれば、右結線作業によつてはイグナイトロン放電回路に通電することがないような措置を講じた。また、右スイッチが短絡側に倒されている限り、別紙一記載の構造から明らかなように、右結線がなされても爆縮セットの配線は短絡された状態となる。したがつて、右スイッチは、落雷等による偶発的高電圧の発生その他不慮の外部電圧の発生による起爆を防止するのにも役立つものである。

(三) 本件事故発生までの経緯

(1) 本件事故当日(昭和五〇年三月二七日)までの状況

昭和五〇年二月上旬、中川研究グループの中川教授及び三浦、後藤、淳の三助手は、同年三月下旬に本件実験所で爆縮実験及び衝撃波超高圧実験を行うことを協議決定し、併せてその際、右実験のため、後藤助手が衝撃波超高圧の実験セットの、淳が円筒型爆縮法によるゼーマン効果の実験セットの、三浦助手が平板型爆縮セットの各準備に当たることを決定した。しかし、同年二月中旬に、三浦助手が健康を害したため、同助手の右担当分についても淳が行うこととなつた。同年三月上旬、三浦助手は依然として健康がすぐれないとの理由で実験の不参加を申し出たため、中川教授は、同助手に代わつて大学院生であつた本多を実験補助者(オブザーバー)として同行することとした。

そして、同月二四日、中川教授、後藤助手、淳、本多の四名は、準備した実験材料等を自動車に積んで仙台市を出発し、同日午後三時ころ本件実験所に到着した。翌二五日は、朝から実験を開始し五回の衝撃波超高圧実験を行つた。更に翌二六日は、午前中二回の衝撃波超高圧実験を行い、午後は爆薬を用いない線爆発及び初期磁場発生のテストのみを行つた。

(2) 本件事故当日午前中の実験経過

実験者らは、まず線爆発のテストを行い、引き続いて極強磁場下におけるゼーマン効果の磁気分光学的実験(本件実験)に着手したが、電気雷管起爆装置から爆発室に伸びるケーブルの一部に損傷があり、同所においてケーブルが短絡されていたため、準備を整えたうえ、淳が分光流し撮りカメラのシャッターを押したにもかかわらず爆発せず、右実験は失敗に終わつた。

そこで実験者らは、本件実験を中止し、右損傷部分の補修をして、残る時間を平板型爆縮セットによるゼーマン効果実験を伴わない磁場濃縮のみの実験を行い、この実験は成功のうちに終了した。

そして、午後零時ころ一同は観測室を出て宿泊室に引き上げ、昼食に移つた。

(3) 本件事故当日午後の本件事故発生までの実験経過

中川教授、後藤助手、淳、本多の四名は、宿泊室でそろつて昼食をとり、休憩した後、午後一時三〇分ころからゼーマン効果の磁気分光学的実験を行う準備に取り掛かつた。

淳は、準備室でゼーマン効果発光プローブを爆縮セット本体に取り付けるなど「円筒型爆縮セット」のすべての組立作業を終了し居合せた本多と共に午後一時四〇分ころ爆発室に入つた。

爆発室に入ると、まず本多がアングル製架台に二本の木材を渡し、淳から渡された爆縮セットをその上に据え、ついで淳が右爆縮セットから外部に伸びる導線を初期磁場発生装置及びゼーマン効果発光電源装置のケーブルに連結する作業に取り掛かつた。

そこで、本多は、そのころ爆発室に来た後藤助手と共に、午前中に行つた平板型爆縮実験により飛散した実験資材の後片付けなどを始めた。

ややあつて、淳が本多に対し、「向うに行つて見てくれませんか」と言つて観測室に戻り、爆縮セットの設置位置の適否の指示をするよう求め、右実験資材の後片付けもほぼ終わつたこともあつて、まず本多、続いて後藤助手が爆発室を出て観測室に入つた。

観測室に入つた本多は、直ちに分光流し撮りカメラのファインダーを覗き、前記木材の上に据えられた爆縮セット、とりわけゼーマン効果発光プローブがカメラのレンズの視野に適確に入つているか否かを確かめたうえ、その位置が適当でない時は、爆発室に通ずるインターホンを用いて同室内の淳に爆縮セットを移動するよう指示する作業に取り掛かり、本多よりやや遅れて観測室に入つて来た後藤助手もまた、直ちに初期磁場用トリガーパルス発生器の遅延時間調整のためのストレージシンクロスコープやパルス発生器の操作を開始した。

爆発はそれから間もなくの午後一時五五分ころ発生した。

すなわち、後藤助手が初期磁場用トリガーパルス発生器の遅延時間の調整を終わり、続いてゼーマン効果発光電源装置用トリガーパルス発生器の遅延時間調整のためストレージシンクロスコープやパルス発生器の操作をしている間に、また淳が本多のインターホンによる指示に従つて二、三回、爆縮セットを移動させた後、本多が重ねて爆縮セットの移動を指示し、淳がこれに応じてゆつくりと爆縮セットを移動させているその最中に、突如爆縮セットが爆発し、淳は顔面挫砕骨折により即死したものである。

2  原告らの責任原因に関する主張に対する被告の反論

(一) 本件事故の原因について

(1) 本件実験において爆薬が爆発するためには、①起爆用コンデンサーバンクが充電(二〇〇〇V以上)されていること、②トリガーパルス発生回路とイグナイトロンが結線されていること、③安全短絡スイッチが起爆側になつていること、④電気雷管脚線が起爆用ケーブルと結線されていること、⑤イグナイトロンにトリガーパルスが入力することの以上五つの条件が同時に整う必要がある(右②ないし④は全体として、イグナイトロン放電回路の形成ということができる。)。

ところで、本件事故当時においては、電気雷管起爆装置の電源・充電各スイッチがオンとされ、スライダック目盛は約四〇〇〇Vに調整されていた。そして、トリガーパルス発生回路とイグナイトロンが結線されており(常時結線状態にあつた。)、安全短絡スイッチが起爆側に投入されていた。更に前記のとおり、後藤助手によりゼーマン効果発光電源装置用トリガーパルス発生器の遅延時間調整のためパルス発射が行われていた。

したがつて、右のような状況(すなわち、前記④の爆発条件を除く爆発条件が整つた状態)下で爆発が生じたということは、前記④の爆発条件が整つていたということにほかならない。そして、本件実験において右条件を満たしうる立場にあつたのは淳のみであるから、合理的に考えて淳が電気雷管脚線と起爆用ケーブルとを結線したものというべきである。この点につき、原告らは、右結線は行われておらず、「電気的結線状態の実現」又は「ストリーマー放電」が右結線に代わるものとして主張しているが、後記のとおりいずれも失当である。

本件事故は、以上のとおり各爆発条件が整つたため、発生したものである。

(2) 電気雷管脚線と起爆用ケーブルとの電気的結線状態について

別紙二記載の図における点での接触は、ケーブルの絶縁体から露出した部分はごくわずかであるから、可能性が極めて低いものであるうえ、同図点の導線(電気雷管脚線)は短かすぎて位置調整作業中にこれが鉄アングル架台と直接接触する可能性はほとんど又は全くないといつてよい。さらに右両者が人体を介して間接的に接触するという可能性は全く否定しうるものではないが、その場合は、人体の電気抵抗が大きいため起爆に必要なだけの電流が流れる可能性はほとんどないと断言してよい。しかも右各接触は一過的に発生するにすぎないものであり、その接触の瞬間に起爆に必要なだけのパルスが来なければ爆発は起こりえないものであるところ、このような偶然が重なつて爆発を起こすなどということはまずありえないというべきである。

(3) ストリーマー放電について

もともと電気雷管は主爆薬(本件実験で使用されているSEPのような二次爆薬)を起爆させるために用いられるもので、十分強い衝撃波を与えうるものでなければならない。このためには、電気雷管自体が爆ごう(単なる燃焼とは異なり、衝撃波により超音速で燃焼反応が進行することをいう。)状態に入らなければならず、単なる燃焼による破裂などでは主爆薬を起爆させえないことは明らかである。

ところで、普通市販の電気雷管では起爆薬(一次爆薬)に接して電橋が置かれ、比較的弱い電流(一〇オームの電橋で一〇〇ミリアンペア程度)で容易に着火爆ごうに至るため、安全性に問題のあることが指摘され、本件実験ではこれを避けるため一次爆薬を全く用いずに、二次爆薬であるペンスリット粉末を電橋の線爆発により直接起爆させる方式を採用している。

したがつて、ペンスリットのような二次爆薬のみを装薬とした場合は、十分強い衝撃波により衝撃したときにのみ起爆が可能となるもので、単なる着火では燃焼状態が継続するのみで決して爆ごうに入ることがない。このことから考えて、ストリーマー放電のような微弱な電流(エネルギー)では十分強い衝撃波を発生させることができないのであつて、仮に着火することがありえたとしても決して爆ごう状態を実現させることができないことは明らかであるから、ストリーマー放電によつて本件爆発を生じたということはできない。

(二) 安全配慮義務違反について

(1) 国が国家公務員(以下(公務員)という。)に対して負う安全配慮義務は、「国が公務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理に当たつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務」であつて、その具体的内容は、「公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきもの」とされている。

したがつて、本件において、淳に対する国の安全配慮義務の内容を考えるに当たつても、同人の職務の性質、内容並びに本件事故当時における具体的状況等を踏まえ、当時、同人の職務遂行上いかなる具体的危険が存在したかを明らかにした上で、そのような具体的危険に対する安全配慮義務としていかなる措置を講ずべきであつたかが検討されなければならない。

しかし、原告らの主張は、一般的な安全配慮義務の具体的適用に当たり必要とされる右義務の内容を特定することなく、被告に対し安全配慮義務の慨怠を主張するものであつて、そこには右義務と危険な公務を遂行する公務員の公務遂行上の固有の注意義務との混同がみられ、到底是認し難いものである。

前述したように、国の公務員に対する安全配慮義務は、「国が公務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理に当たつて、公務員の生命及び健康等を危機から保護するよう配慮すべき義務」であるが、国がそのような義務を負担する根拠は、「安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものである」とするところにある。

このように、安全配慮義務は、国が公務員に対し公務遂行に伴う物的、人的諸条件に関する一方的な支配管理権限を有することから、不法行為規範上の注意義務とは別に信義則上認められたものである。

右のことから、安全配慮義務の内容は、公務員の勤務に関する法律関係において、国が公務遂行のための場所、施設等に内在し、あるいは公務自体に内在する危険を右施設等及び公務を管理する者としての立場においてあらかじめ予見して、物的及び人的環境、条件を整備し、もつてこれらの危険の発生を未然に防止して公務員の生命、健康等を危険から保護するよう配慮すべきことに尽きるものといえる。したがつて、本件のように、公務の内容が学術研究のような場合、右公務管理者として尽くすべき義務は、構造上欠陥のない研究設備を整備し、研究形態に応じて通常安全に右公務を遂行できる能力を有する者を研究者として充てることであり、研究行為に伴う固有の注意義務は専ら研究者においてのみ果たすべき義務であつて、そこにはもはや公務の支配管理の要請はなく、したがつて安全配慮義務は及ばないというべきである。

しかして、本件事故当時、爆縮実験を含む「極強磁場下における物性」の共同研究に従事していた中川研究グループの各員は、いずれも理学博士であつて、右研究テーマの専門家であることはもとより火薬関係にも精通している者(ちなみに、中川教授、庄野助教授、後藤助手は火薬類取扱保安責任者に関する甲種免状を取得している。)であり、また、道川実験所は右爆縮実験の施設として、初期磁場発生装置等が設置された観測室をはじめとする諸施設が整備されているのである。したがつて、被告としては安全配慮義務を尽くしていたものである。

(2) 爆縮実験の方法・手順並びに安全対策については、中川研究グループの研究者全員が十分討議したうえ実施していたものであり、何ら問題はなかつたものである。中川研究グループが採つていた安全対策は、前述した「線爆発型安全電気雷管」の開発及び「安全短絡スイッチ」の介在設置並びに後述する安全確認のための実験の「作業手順」の制定などであるが、専門家によつて検討し尽くされたこのような実験装置や作業手順には、中川研究グループの研究者が行う実験にとつて何ら瑕疵や誤りはなかつたと評価すべきものである。また、淳は、数多くの爆縮実験を経験し、かつ、本件事故の際に用いた安全電気雷管や爆縮セットの開発に共同研究者の一員として加わつていたことから、本件実験装置の操作や作業の手順についてはもちろん、右雷管等の特性についても熟知していたはずのものである。

更に、本件装置や作業の手順によつて過去に事故を起こしたことはなく、本件事故の際に予定されていた実験の手順や方式も従来のそれと異なる点はなかつたのである。

以上のとおりであるから、本件実験においては、爆縮セット据付け作業を担当し、後記のとおりの実験手順を無視又は忘却して、前記のとおり結線作業を行つた淳の生命、身体の安全を特に保護しなければならないような特段の事態は全く生じていなかつたものであり、したがつて、被告がこれまでに実施してきた前記措置以上の措置を講じなければならない法的義務のなかつたことは明らかである。

以下、実験設備の瑕疵及び実験手順の誤りについて補足的に反論を行うことにする。

① 実験設備の瑕疵について

そもそも右設備は、必要に応じ爆縮実験の専門家グループである中川研究グループが自らの手によつて開発し、あるいは整備したものであつて、その安全性についても右研究グループにおいて十分検討されていたのであるから、その具有すべき安全性については欠けるところがなかつたとみるのが相当である。

なお、インターロックシステムは原子力関係の設備ではともかく、爆薬関係では、本件事故当時、我が国においてその採用が常識化されていなかつたものであり、本件実験設備として爆発室が建造される以前は、爆縮セットを野外にセット(その位置は、本件事故の際と同じ。)し爆発させていたものであつて、その際は右システムは採用しえないところである。右システムを採用していなかつたことをもつて瑕疵とする原告らの主張は、いずれも絶体的な安全性を基準としたものと解され、首肯し難い見解である。

また、本件実験に用いられていた電気雷管は、前述のとおり、一般に市販されている電気雷管とは異なり、起爆薬は使用しておらず、仮に着火することがあつたとしても、燃焼するのみであり、爆ごうに入ることはないのであつて、ストリーマー放電などの微弱な電流によつては起爆させることが不可能なものである。すなわち、一般に市販されている電気雷管には点火薬として鋭敏なDDNP(ジアゾジニトロフェノール)が用いられており、電橋に数ボルトの電圧をかけたときに発生するジュール熱で点火玉が点火し、起爆薬を経て添装薬が爆ごうするようになつているものであり、ハンマーの打撃程度の衝撃や迷走電流などにより爆発するおそれがあるのに対して、本件電気雷管は点火薬として鋭敏なDDNPを用いずに普通爆薬であるペンスリット粉末を使用し、加熱式と異なり、電橋に瞬間的な大電流を与え(四マイクロファラッドのコンデンサーを使用して、二キロボルト以上の高電圧によりピーク値五〇〇アンペア程度の電流を与える。)、電橋自体を一瞬のうちに蒸発爆発させ(線爆発現象)、これにより生じた衝撃波によつてペンスリットを直接起爆する方式をとつているものである。したがつて、本件電気雷管はある限界電圧以下では爆ごうせず、ペンスリット粉末のみが急燃してそのガス圧により管体が破裂するが、添装薬はそのまま残り、更に電圧が低いときには電橋が断線するのみであり、数十ボルト以下では何事も起こらず、実験の結果によれば、本件雷管の電橋が線爆発し、ペンスリットが爆ごうする瞬間の電流値は五〇〇アンペア程度と推定されている。このように本件雷管は安全性が高く、迷走電流によつて爆発するおそれはほとんどなく、ましてストリーマー放電のような10-6アンペア程度の微弱な電流では着火する可能性は極めて低く、いわんや爆ごうすることはありえないのである。したがつて、本件電気雷管は、鉱山などで通常使用されている敏感な起爆薬を用いた電気雷管とは根本的に異なつており、静電対策は必要がなかつたものである。

そしてまた、原告らは、起爆用ケーブルに静電エネルギーが充電されていた旨の主張をしているけれども、このようなことはありえない。すなわち、事故当日の午前の最後に行われた平板型爆縮実験が成功裡に終了したことにより起爆用ケーブルの電荷は完全に放電されていたので、その後起爆電源が充電され、安全短絡スイッチが起爆側に接続されたままになつていたとしても、回路はイグナイトロンで切れているので、午後の実験に際して後藤助手が回路調整作業を始め、テスト用トリガーパルスを発射する以前には右ケーブルに電圧がかかることはなく、したがつて、右ケーブルに静電エネルギーが充電されるということはありえないことである。仮に起爆用ケーブルに静電エネルギーが充電されていたとしても、右ケーブルの先端は地面に接触していて急速に放電していたであろうから、その主張するような電気エネルギーを帯電しているはずはない。

② 実験手順の誤りについて

本件実験の手順は次のとおりである(( )内は作業の場所を示す。)

爆縮磁場発生装置の組立(準備室)

ライナー、初期磁場コイル、ゼーマン効果用プローブ、磁場ピックアップコイルの組立及び火薬類の装填。

爆縮磁場発生装置の据付け(爆発室)

初期磁場コイル、ゼーマン効果用プローブ、磁場ピックアップコイルの各結線。

爆縮磁場発生装置位置調整(爆発室)

ゼーマン効果用プローブが観測室内にある分光流し撮りカメラの視野に入るように観測室内の作業者とインターホンで連絡をとりながら行う。

なお、右記ないしの作業が行われている間に観測室では電気回路等の調整作業であるパルスの遅延時間の設定、測光感度の調整等が行われ、かつ終了される。

電気雷管起爆装置の安全確認(観測室)

爆縮セット担当者(本件実験では淳)は、前記位置調整を終えたのち爆発室を出て観測室に戻り、電気雷管起爆装置の電源スイッチ、充電スイッチがいずれもオフになつていること、スライダック目盛がゼロになつていること、安全短絡スイッチが短絡側に倒されていることを直接確認する。

電気雷管結線(爆発室)

爆縮セット担当者は電気雷管の起爆装置のケーブルと結線する。結線が終わると爆発室を出て観測室に戻り全員が観測室に集合する。

警告

構内スピーカー放送及び警報サイレンの吹鳴を行い、また附近に人影のないことを確認する。

実験装置作動開始

初期磁場発生装置及びゼーマン効果発光電源装置充電。

分光流し撮りカメラのモーター起動。

電気雷管起爆装置を充電(電源スイッチ及び充電スイッチをオンにし、スライダックを操作する)し、安全短絡スイッチを起爆側に倒す。

秒読み開始と同時に部落向けスピーカー放送も開始する。

起爆(分光流し撮りカメラのシンクロシャッターを押す。)

電気雷管起爆装置の安全短絡スイッチを短絡側に倒し、電源スイッチ及び充電スイッチをオフにし、かつスライダックの目盛をゼロにする。分光流し撮りカメラのモーターを止め、初期磁場発生装置及びゼーマン効果発光電源装置を完全に放電。

分光流し撮りカメラ及びデュアルビームシンクロスコープのポラロイドフィルムの現像。

中川研究グループにおいては、実験を安全かつ正確に遂行するため、右のとおり手順を定め、研究者はこれを遵守すべきものとし、かつ他人依存による安全確認は危険であるため、電気雷管の結線作業者が自ら爆発に直結する装置の安全を確認するものとし、責任の分散を行わないことを手順の基本精神としていた。また、右装置の安全確認の時期については、雷管の結線を除く他の準備作業の最後の段階に行うのが最善と研究者全員が考えて実施していたものである。

更に、爆縮セットの据付けと電気回路系調整の時間的並行作業方式は、爆縮実験初期の段階から、中川研究グループで採用していたものであり、研究者から「それは危険だから改めよう」といつた意見も出されていなかつたものである。

してみれば、中川研究グループの研究者が実験を行う作業手順としては右手順で十分安全が確保できるものであつたというべきであり、かつ、これまでに右手順により事故を起こしたこともないのであるから、これを誤りとする原告らの主張は失当といわなければならない。

(三) 営造物の瑕疵(国賠法二条)について

(1) 国賠法二条にいう「公の営造物」とは、公物、すなわち、国又は公共団体により直接に公の目的に供される有体物及び物的設備を指称し、無体財産及び人的施設を含まないと解されているが、原告らの主張する本件実験の設備が、専ら中川研究グループの研究に供せられるものであることは前述したとおりであつて、直接に公の目的に供される物ではないから、右「公の営造物」に該当しないものである。したがつて、この点の原告らの主張は前提を欠き失当である。

また、原告らは作業手順の誤りが国賠法二条の瑕疵に当たると主張するが、かかる人的措置は前述のとおり国賠法二条の「公の営造物」に含まれないから、この点においても原告らの主張は失当である。

(2) 国賠法二条一項にいう「営造物の設置又は管理の瑕疵」とは、判例上「営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう」ものと解されている。そして、その通常有すべき安全性の程度の判断については、営造物の構造、用途、場所的環境のみならず、当該営造物を利用する者の利用形態との関係において相対的に考慮されるべきであり、また通常の用法、目的以外の利用形態を想定してまで、その安全性を備えておく必要はないと解されている。

ところで、本件実験設備は爆縮実験者が利用する設備として、何ら瑕疵のないものであることは前述したとおりであり、通常予測しえない淳の行動の結果生じた本件事故について、被告が国賠法二条一項に基づく責任を負わなければならないいわれはない。

(四) 使用者責任(国賠法一条又は民法七一五条)について

(1) 国賠法一条にいう「公権力の行使」については見解の分かれるところであるが、通説・判例は公権力を国又は公共団体の作用のうち純然たる私経済作用と国賠法二条によつて救済される営造物の設置管理作用を除くすべての作用と解している。本件における中川研究グループによる爆縮実験のような研究行為は、行為者が国又は公共団体であると私人であるとによつてその法律上の性質に差違を来すものでないから、純然たる私経済作用というべきものであつて、国賠法一条の「公権力の行使」に当たるものではない。また、原告ら主張の実験設備等に何ら瑕疵がないことは前述したとおりである。

したがつて、原告らの国賠法一条に基づく請求は理由がない。

(2) 原告らは、本件事故は被告の被用者である中川教授らが採用した実験設備や、定めた作業手順に誤りがあつたため発生したのであるから、被告には民法七一五条に基づき損害賠償責任があると主張するが、そもそも原告ら主張の本件実験の設備等は中川教授が独善的に採用したものでなく、中川研究グループの全員の討議により開発・考案されたものであつて、原告らの右主張は前提において誤りがあり、失当である。この点を措くとしても、本件事故の発生に関し、中川教授らに故意・過失の存在しないことは、既に述べてきたところから明らかというべきであるから、その使用者たる国に民法七一五条の責任が存しないこともまた明らかといわなければならない。

四  被告の主張に対する原告らの認否及び反論

1  三1(一)及び(二)の事実は認める。但し、中川研究グループにおいて中川教授が果たしていた役割は単なる「指導」に尽きるものではなく、「指導監督」に及ぶものである。

2  三1(三)(1)の事実中、昭和五〇年三月二四日以降の事実は認め、本多が実験補助者(オブザーバー)であつたことを否認し、その余の事実は知らない。

本多は、単なるオブザーバーではなく、実質的には共同実験者としての役割を果たしていたものである。しかし、本多に対する「安全教育」は全くなされていなかつた。

3  三1(三)(2)の事実中、実験者らがまず線爆発のテストを行い、引き続いて極強磁場下におけるゼーマン効果の磁気分光学的実験(本件実験)に着手したこと、右実験が失敗に終わつたことは認め、その余の事実は知らない。

4  三1(三)(3)の事実中、淳が顔面挫砕骨折により即死したことは認め、その余の事実は知らない。

5  三2(一)(1)のうち、爆発条件(但し、爆発条件は提示されたものに限られない。)並びに本件事故当時におけるトリガーパルス発生回路とイグナイトロンとの結線、安全短絡スイッチの起爆側投入及び後藤助手によるパルス発射に関する事実は認め、本件事故当時において電気雷管起爆装置の電源・充電各スイッチがオンとされ、スライダック目盛が約四〇〇Vに調整されていたことは知らず、その余は争う。

6  三2(一)(2)は争う。

7  三2(一)(3)のうち、電気雷管が爆ごう状態に入る必要性についての説明を加えている冒頭部分は認め、その余は争う。

中川研究グループが本件実験で採用した電気雷管起爆の機構は、電橋間に大電流を流し、電橋間にある白金線を瞬間的に溶断蒸発させ、それにより電橋間に放電現象(この放電現象をアーク放電という。)を生ぜしめ、衝撃波を生じさせることによつて起爆させるものである。これに対し、原告ら主張の起爆の機構は、電橋の一方に高電圧が印加され、それによつて電橋と電気雷管管体間に放電現象(前述のとおりこの放電現象をストリーマー放電という。)が生じることにより起爆するものである。そして、右放電による電子は、右電橋と電気雷管管体間を秒速約三〇〇〇キロメートルの速さで、ジグザグに進行し、その電子エネルギーは少なくとも摂氏一万度以上であるから、使用されていた起爆薬がどのようなものであれ、電子と火薬が衝突することにより直ちに雷管自体が爆ごう状態に入るのである。そして、本件実験に用いられた電圧は、右の放電現象を発生させるのに十分なものであつたから、本件電気雷管についても静電気に対する放電対策を施すことが必要であつたのである。被告の主張は失当である。

8  三2(二)ないし(四)は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)の事実中、亡中井隆治が昭和五一年一二月七日に死亡したことは〈証拠〉により認めることができ、その余の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2(一)(事故の概要)、同2(二)(1)(本件実験のための設備及び実験設備間の結線の概略)、同2(二)(2)(本件爆発時の状況)、被告の主張1(一)(東北大学金属材料研究所の組織)及び同1(二)(本件実験の内容及び使用装置の概要)の各事実、昭和五〇年三月二四日、中川教授、後藤助手、淳、本多の四名が、準備した実験材料等を自動車に積んで仙台市を出発し、同日午後三時ころ本件実験所に到着し、翌二五日は、朝から実験を開始し五回の衝撃波超高圧実験を行い、更にその翌二六日は、午前中二回の衝撃波超高圧実験を行い、午後は爆薬を用いない線爆発及び初期磁場発生のテストのみを行つたこと、翌二七日(本件事故当日)の午前中、実験者らがまず線爆発のテストを行い、引き続いて極強磁場下におけるゼーマン効果の磁気分光学的実験(本件実験)に着手したこと、本件事故当時トリガーパルス発生回路とイグナイトロンが結線されており(常時結線状態にあつた。)、安全短絡スイッチが起爆側に投入されていたことは当事者間に争いがない。

三右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1中川研究グループではかねてから「極強磁場下における金属物性」の共同研究に従事し、本件実験所において爆縮実験を別紙五記載のとおり三四サイクルにわたつて行つていたが(うち淳は昭和四七年四月二五日以降二五サイクルのすべてに関与していた。)本件実験は、実験中に生じる爆音が周辺住民に影響を及ぼさないように昭和四九年一二月本件実験所に爆発室が新築されて以来初めて行われる実験であつた。庄野助教授は外国出張のため参加せず、これを埋めるために当初の計画では三浦成人助手が同行するはずであつたが、同助手は健康状態がすぐれず、結局参加しなかつた。そのため、淳が同人の担当予定実験(平板型爆縮セットを用いた実験)を担当し、急きよ大学院生である本多が雑用の手伝いのために単純な補助者として参加することとなつた。したがつて、本件事故の発生したサイクルにおけるチームは中川教授、後藤助手、淳、及び本多により編成された。

右サイクルは、衝撃波超高圧の実験、磁場濃縮のみを目的とする平板型爆縮セットを用いた実験及び本件実験(極強磁場下におけるゼーマン効果の磁気光学的実験)を予定していたが、本件実験に最も重点が置かれていた。出発前約二週間にわたつて実験者達はそれぞれ準備作業を行い、淳はこの間にゼーマン効果発生のための爆縮セット三台と磁場発生テストのための平板型爆縮セット一台を作成した。

2昭和五〇年三月二四日、中川教授、後藤助手、淳、本多の四名は、準備した実験材料等を自動車に積んで仙台市を出発し、同日午後三時ころ本件実験所に到着し、翌二五日は、朝から実験を開始し五回の衝撃波超高圧実験を行つた。その際、淳が電気雷管起爆装置の充電、起爆及び起爆後の同装置の電源、充電スイッチのオフ並びに安全短絡スイッチの短絡を受け持ち、後藤助手が安全短絡スイッチの確認、雷管の結線及び分光流し撮りカメラの操作を受け持つた。なお、本多は、実験の後片付け、観測窓の修理、実験の開始を知らせる構内放送及び本件実験所周辺の勝手部落向けの放送を担当した。中川教授は外部で爆発音の漏洩度の測定に従事した。

更にその翌二六日は、午前中二回の衝撃波超高圧実験を行い同実験は成功のうちに終了した。同日午後からは本件実験が開始されたが、計器の調整がうまくいかなかつたりしたため、予備的実験である爆薬を用いない線爆発(本多がこの結線作業を行つた。)及び初期磁場発生のテストのみが行われ、全員が実験所宿泊室に向つたのは午後一一時を過ぎていた。

3(一)  翌二七日は前夜遅くまで調整が行われたタイミング回路をテストするための線爆発の実験が朝一番に行われ、引き続いて本件実験が開始された。本件実験に用いられた爆縮セットの組立てはほとんど淳により準備室において行われた。爆発室内での作業のうち、本多が関与したのは淳の指示で初期磁場コイル用導線と観測室からのケーブルとの結線作業をした外は片付け等の単純な仕事の手伝いをしていただけであり、爆縮セットの位置調整や電気雷管の結線等はすべて淳が担当して行つた。淳の右作業に平行して、観測室内では、後藤助手がタイミング回路やシンクロスコープ等電気系統の調整を行つた。起爆―測定体制に入つたところで、中川教授は実験開始を知らせる放送と起爆の秒読みを行つた。淳は電気雷管起爆装置及びゼーマン効果発光電源装置の充電、分光流し撮りカメラの操作、安全短絡スイッチの起爆電源測への切り換え並びにカメラシャッターによる起爆を担当した。後藤助手は初期磁場発生装置の充電、分光流し撮りカメラのモーターのオン及びシンクロスコープの操作を行つた。本多は実験の進行を見守つていただけであつた(本件実験は昭和四九年六月二五日から二八日までのサイクル、同年九月三〇日から一〇月三日までのサイクルに続いて三回目であつたが、その実験手順は二回目以来以上のように行われてきた。)。しかし、電気雷管起爆装置と電気雷管を結ぶケーブルの一部損傷による単純な短絡のために爆薬が爆発せず、第一回目の本件実験は失敗に終わつた。

そこで、線爆発も爆縮セットの位置調整も必要としないため比較的短時間で行えるので昼休み前の時間を利用して行うには適当であるとの理由から、かねて用意してあつた平板型爆縮セットによる磁場濃縮のみを目的とする実験(将来に備えての初期的実験)が行われた。中川教授により準備室で爆縮セットに爆薬が装填された後、淳が同セットを爆発室に運び、初期磁場コイル用導線、磁場ピックアップコイル用同軸ケーブル及び電気雷管脚線と観測室からのケーブルとの結線を行つた。このとき、平行して後藤助手は電気計測装置の調整を観測室で行つていた。本多も観測室にいて、次の本件実験に用いられる予定のプローブの磁場ピックアップコイルの巻直し(第一回目の本件実験失敗の際、右コイルの位置が実験上支障があることが判明していた。)を中川教授に指示されて行つていた。中川教授は前回の実験と同様に放送を受け持ち、起爆の秒読みを行つた。淳は電気雷管起爆装置の充電と起爆トリガーの操作を行つた(この操作は二五日からそれまで繰り返し行われてきた実験とは異なる位置関係において行われた。すなわち、それまでは起爆トリガーパルスの発射は分光流し撮りカメラのシャッターで行われ、ここからは電気雷管起爆装置の充電スイッチ及び安全短絡スイッチの位置は手の届くところにあつたので、実験後スイッチを切るのに便利であつた。しかし、平板型爆縮セットを用いた右実験では、観測室の東南隅にあるパルス遅延装置の手動押ボタンにより起爆トリガーパルスが発射され、この位置は電気雷管起爆装置の充電スイッチ及び安全短絡スイッチから離れていた。)。淳は手動押ボタンを押した後、観測室のほぼ中央に置かれていた机の上で磁場ピックアップコイルの巻直しを行つていた本多の所へ行き、この作業を手伝つた。後藤助手はパルス遅延装置とイグナイトロン点孤用パルス発生器Ⅱの臨時接続回路を普通の状態に戻したのち昼食の用意のため最初に観測室を出て宿泊室に向つた。ついで淳と本多は、巻直した磁場ピックアップコイルのアラルダイト固めを終えて観測室を出た。このとき電気雷管起爆装置の電源及び充電スイッチがオンになつており、安全短絡スイッチが起爆電源測に入つたままになつた(なお、右各スイッチをオフにする者及びそれを確認すべき者は特に定められていなかつた。)。

(二)  午後第一回目の爆縮実験は午後二時二〇分ころと予定されていたところ、宿泊室において四名そろつて昼食をとつた後、午後一時二〇分ころまず中川教授が観測室に戻り、鍵を開けて一旦は室内に入つたが、すぐに準備室に行き、午後の第二回目に実施する予定の爆縮実験用セットの点検等を開始した。その後、中川教授は一度爆発室の周りを巡回したほかは本件事故発生までの間準備室を出なかつた。

午後一時三〇分ころ淳と本多、やや遅れて後藤助手が昼食の後片付けをした後、宿泊室を出て観測室に入つた。後藤助手は観測室に戻つた後、入口近くに置いてあるソファーに腰掛けて五、六分ほど休憩していた。淳はすぐに午前中に修理したゼーマン効果測定装置を持つて準備室に行つた。本多は爆発室に立ち寄つて、内部に午前の爆発実験のため片付ける必要のあるものがあるかどうかを確かめたうえ、準備室に行つた。この時準備室においては淳がゼーマン効果測定装置と爆縮セットとを組み合わせているところで、電気雷管は既に取り付けられ、その起爆用ケーブルに結線すべき脚線の先端はより合わせて短絡してあつた。淳は組立てを完了したゼーマン効果用爆縮セットを持ち、本多を従えて爆発室に入つた。まず本多がアングル製架台の北側に飛び降り、木材の棒二本を右架台上に平行に置いてから、上方で待つている淳から爆縮セットを受け取つて右棒の上に置いた。次に淳が右架台の傍らに降りて観測室からのケーブルと右セットとの結線を開始した(この結線の種類としては、初期磁場コイル用導線、磁場ピックアップコイル用同軸ケーブル及び電気雷管脚線と観測室からのケーブルとの結線があり、電気雷管脚線と観測室からのケーブルとの結線だけは安全短絡スイッチがオンになつていることを確かめたうえで行うことになつていた。)。この直後後藤助手もケーブル類の点検と後片付けのために爆発室に入り、本多のそばに降りた。後藤助手が主になり本多がこれを手伝つて、爆発実験のためにケーブルが損傷することのないように保護する目的で、地上をはつている右ケーブルに砂をかけて埋めたり、午前中の爆発実験のために散乱した木材を片付けるなどの作業を行つた。本多は爆発を伴わない実験のときの結線作業及び午前中の実験で淳の指示により初期磁場用コイル用導線の結線作業を手伝つたことがあるので、このときも初期磁場コイル用圧着端子を結線しようとしたところ、後藤助手から結線は淳に任せるようにと言われてやめたため、結局は淳の結線作業を一切手伝わないでしまつた。後藤助手と本多の作業が完了したのとほぼ同時に、観測室に行つて見てほしいと淳が言つたので、本多と後藤助手は相次いで爆発室を出た。本多は、観測室内にある分光流し撮りカメラのファインダーを覗き爆発室にいる淳とインターホンで連絡をとり合つてアングル製架台上の爆縮セットを淳に動かしてもらうことにより右カメラの視野に正しく右セットのゼーマン効果用プローブが入るようにする役目があるので、急いで観測室に戻り、所定の場所で右カメラのファインダーを覗いた。すると右プローブが大体右カメラの視野に入つていたので、本多が顔を上げたところ、丁度その時(午後一時五〇分ころ)後藤助手が観測室に入つてきた。本多は「大体良い所に行つてますよ」と後藤助手に告げ、後藤助手は「そうか」と返事をした。後藤助手は観測室に戻ると直ちに実験に必要な電気計測装置の調整を開始した。一方これと平行して、本多は引き続き分光流し撮りカメラのファインダーを覗いたままインターホンで淳と連絡をとり、二、三回爆縮セットを移動してもらいゼーマン効果用プローブの位置の調整を行つていた。さらに数ミリメートル右セットを動かせば調整が完了ということになり、少しずつ動かすように本多は淳に連絡した。淳からそれに応じる旨の返答があり、右連絡通りに少しずつ右セットが動かされていく途中本件爆発が生じた。そして、遅くともこの時には、後藤助手はゼーマン効果トリガー用パルス発生器の遅延時間の調整に着手し、パルスを発射していた。その時刻は午後一時五五分ころであつた。

四本件事故の原因

右認定事実を前提として、本件事故の原因について検討する。

1請求原因2(二)(3)記載の爆発条件のうち、①ないし③の条件と⑤の条件が同時に整うことが本件実験において爆薬が爆発するための必要条件であること、①ないし③の条件と⑤の条件及び電気雷管脚線と起爆用ケーブルとの結線という条件が同時に整うことが右爆発の十分条件であり、本件実験ではこのメカニズムで爆発させる手はずであつたことは、当事者間に争いがない。そして、右認定事実によれば、本件事故が発生した以前には右①ないし③の条件が同時に整い、その状況下で後藤助手が右⑤の条件に該当するパルスの発射をしたことが認められる。したがつて、右の点だけから考えるならば、本件爆発時にその余の条件が整つた、すなわち前記認定のとおり本件実験において電気雷管脚線と起爆用ケーブルとの結線作業を担当していた淳が、右結線を行つたのではないかとみるのが自然であるということができる。なお、前記認定の本件爆発までの経過に鑑みれば、本多が観測室に戻り、分光流し撮りカメラの操作を開始してから本件爆発までの間は淳が右結線作業をしていない(当然ながら淳が爆発室に入り爆縮セットを本多から受け取る前には右結線はありえない。)ことが認められる。それゆえ、淳が結線したとすれば、淳が爆発室に入り本多から爆縮セットを受け取つたのちで、本多が右分光流し撮りカメラの操作を開始する前であるということになるが、〈証拠〉によれば、右結線作業は極めて簡単で短時間にできることが認められるので、この間に淳が結線をなしうることは明らかである。

しかし、〈証拠〉によれば、淳が右結線を行つたことを目撃している者はいないこと、電気雷管脚線と起爆用ケーブルとの事実上の結線もありえないことではないこと、手順上いまだ結線する必要はなかつたこと、結線部分は爆発後約八割程度残存するものであるにもかかわらず、本件爆発後右結線部分を回収することができなかつたことが認められ、これらの事実に照らせば、右結線作業が淳によつて行われたと推認することはできない。

2一方、右反証事実は、淳によつて右結線が行われなかつたにもかかわらず、本件爆発が生じたことをうかがわせる事情である。更に、原告らはストリーマー放電でも本件爆発は起こりえたことを前提として、電気雷管脚線と起爆用ケーブルのプラス側が接触していることが右結線の条件に代わつて爆発条件となりうるものであること、本件実験に使用された起爆用ケーブルがコンデンサーの役割を果たすことによつて前記①ないし③の条件と⑤の条件が一度同時に整えばその余の条件との同時存在は必ずしもその必要がないことを主張し、右事情を補強している。

しかし、右事実上の結線という事態の発生は、ありえないではないという程度の蓋然性にとどまるものであり、仮にストリーマー放電によつて本件爆発が生じたとしても、そのためには電気雷管脚線と起爆用ケーブルのプラス側との接触という偶発的な発生を必要としなければならず、右のコンデンサーの効果を肯定したとしても、爆発の条件がすべて整う可能性は非常に低いものといわざるをえない。また、結線をする必要性がなかつたこと、結線された部分が回収されていない点についてはいずれも決め手を欠くものであり、以上を総合して考えてみれば、淳が右結線を行わなかつたにもかかわらず、本件爆発が生じたとの事実もまた推認することができないものというべきである。なお、前記認定のとおりの結線の可能性がある時期から考えると、後藤助手が観測室において電気計測装置の調整を開始したときには右結線がなされていたことになるが、もしこの時に後藤助手がゼーマン効果トリガー用パルス発生器の遅延時間の調整に着手しパルスを発射すれば、その時点で爆発が起きるはずであることから、右調整を開始してから本件爆発まで時間的間隔があるとすれば、この事情は淳が結線をしたことを否定する事情ということができる。しかし、後藤助手が観測室において電気計測装置の調整〈証拠〉によれば、右調整には、初期磁場トリガー用パルス発生器、電気雷管用パルス発生器又はゼーマン効果トリガー用パルス発生器の遅延時間の調整があり、このうち前二者によるパルス発射では電気雷管起爆装置には印加されないので爆発は生じないことが認められる。)のうち、どの調整を行つていたかに関しては、後藤助手自身その証言において明らかなように記憶が曖昧であるので、右調整をどの順で行つていたかを確定することはできない(前記認定のように、遅くとも本件爆発時には後藤助手はゼーマン効果トリガー用パルス発生器の遅延時間の調整に着手しパルスを発射していたと認定するにとどめざるをえない。)。したがつて、ゼーマン効果トリガー用パルス発生器の遅延時間調整開始によるパルス発射から本件爆発まで時間的間隔があつたと断定することはできず、右認定事実からは淳による結線の否定を導きえない。

3以上のとおりであるから、結局右結線の有無は確定できないので、本件事故の原因の全容を解明することはできないことになる。しかし、前記認定のとおり、請求原因2(二)(3)記載の爆発条件のうち、①ないし③の条件と⑤の条件が同時に整うことが本件実験において爆薬が爆発するための必要条件であり、当然ながら本件爆発においては右の条件を満たしていたのであるから、右の条件のいずれかが欠けていれば本件事故は発生しなかつたことは認められる。そして、右①ないし③の条件及び⑤の条件の充足についてはもちろん、残余の爆発条件の充足についても、これが原告らの主張する被告の責任原因と本件事故発生との因果関係を否定せしめるほど異常な淳の行為によるものでないことは前記認定の本件事故に至る経過からみて明らかであるし、原告らの右主張は必ずしも淳が右結線をしなかつたことを前提としなければその主張の基盤を失うものではないので、原告らの事故原因の立証としては右の限度でも足りるというべきである。

五被告の責任

1安全配慮義務違反

(一)  国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理に当たつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(いわゆる安全配慮義務。その具体的内容は、当該公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきものである。)を負つていると解すべきであるところ、原告らは、公務員である淳に対する被告の右注意義務違反によつて本件事故が生じた旨主張する。

(二)  そこで、これを本件について検討する。

まず、淳は、昭和一九年二月二五日に生まれ、昭和四二年三月に東北大学理学部物理学科を卒業し、同年四月に同大学大学院理学研究科修士課程に入学し、昭和四四年四月には同研究科博士課程に進学して昭和四七年三月右課程を修了し、同月理学博士の学位を受け、翌月には文部教官東北大学金属材料研究所の助手となり、以後その職にあつて、研究及び大学院学生の指導にあたり、物質の物性に関する論文を幾つか発表し、少壮有為の将来を嘱望されていた研究者であつたことは当事者間に争いがない。また、既に認定した事実に、〈証拠〉を総合すれば、本件実験は、爆薬を使用する極めて危険な実験であるが、中川教授及び中川研究グループ全体にとつてはもちろん、淳にとつても自らの学問・研究の重要な一環としてなされたもの(特に淳が本件実験に熱心に取り組み中心的役割を果たしていた。)であること、本件実験を行うことは淳を含めた同グループの構成員の自主的な判断によつてなされたものであつて、実験の方法は同グループの構成員が話し合つて決め、本件実験所自体は被告が設置・管理していたものであるが、実験に使用する器具、設備は同グループの構成員が自らの手で製作・管理し、自らの研究、実験テーマに応じて適宜変更を加えうるものであつたこと、現実に本件実験に携わつた者は、本件実験所の所長である中川教授、後藤助手、淳及びたまたま手が空いていたので急きよ単純な作業を手伝うために参加した本多(同人は中川教授研究グループの構成員ではない。)の四名で、実際本多は危険を伴わない補助的な仕事しか担当していなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実から考えると、本件実験は、公務そのものではあるが、第一義的には、淳を含めた専門家集団たる実験者自らに能う限りの自主性が尊重されるべき、また現に尊重されてもいた学問・研究の一環としてなされたものであり、したがつてまた、右研究に必要とされる人的及び物的環境の整備も実験者自らの専門的知識、技術に基づいて支配的に決定、管理していたものである。しかも淳の経歴及び能力に照らせば、同人は専門的知識のうえでは中川教授と遜色はないと考えてよいし、本件実験の方法に関しても淳の意見が制約されていたとはいえないので(淳は中川研究グループにおいて他者の支配、監督を受けるというような従属的な構成員ではなく、あくまでも自らの研究テーマを主体的に追求していたグループの運営者であつた。)、結局は意識していたわけではなかつたにしても、本件実験は淳自らが選択した方法に従つて行われたものであるということができる。

そうすると、安全配慮義務は前記のとおり被告である国が公務遂行に当たつて支配管理する人的及び物的環境から生じうべき危険の防止について信義則上負担するものであるが、淳を含む中川研究グループに対する関係では、本件実験において被告による右「支配管理」が認められないことになるから(右「支配管理」がなければ、右環境に存在している危険を支配管理していることにはならないので、被告は信義則上安全配慮義務を負担するいわれはない。なお、被告が実験方法を詮索することになれば、場合によつては淳自身の学問・研究の自由を阻害することにもなりかねなかつたはずのものである。)、被告による安全配慮義務違反がある旨の原告らの主張は、その前提条件を欠いているといわざるをえないので、その余の点について判断するまでもなく失当である。

2営造物の瑕疵(国賠法二条)

原告らは本件実験設備の瑕疵を主張するが、右設備は、前記認定のとおり淳を含めた中川研究グループ構成員が自分達で製作・管理し自分達の研究・実験テーマに応じて適宜変更を加えうるものであつたことに鑑みれば、その所有権が被告に帰属し、本件実験所自体を被告が設置・管理しているものであるとしても、右設備は右構成員にとつては国賠法二条一項にいう公の営造物ということはできない。

また、作業手順の誤りをもつて右営造物の瑕疵とする旨の主張は、そもそも右営造物は物的施設を指すものであるからその主張自体失当である。

したがつて、原告らの国賠法二条に基づく主張もその余の点について判断するまでもなく理由がない。

3使用者責任(国賠法一条又は民法七一五条)

(一)  〈証拠〉によれば、本件実験は限定された人数で目的・方法についても熟知していた専門家集団によつて行われるものであり、極めて危険性の高い実験であることを理由として、当時中川研究グループの採用していた安全対策の基本方針は、「責任の分散を図るべきではない」との立場であつたこと、具体的な安全対策としては、電気雷管脚線と起爆用ケーブルの結線が行われなければ爆発は生じないことを前提として、①安全短絡スイッチを設け、その確認は電気雷管脚線と起爆用ケーブルの結線作業をする者自身が右結線の前に確認すること、②電気雷管脚線を撚り合わせること、③二〇〇〇ボルト以上の電圧を掛けなければ起爆しない特殊な電気雷管を開発しこれを用いることであつたことが認められる。

しかし、本件爆発が電気雷管脚線と起爆用ケーブルの結線が行われなければ全く生じえないとはいい切れないことは前記認定のとおりであり、そもそも人間は、たとえ専門家であろうと過労、思い違い等によつて何らかの過誤はありうるのであるから、誤つて右結線を行うことも考えられるところであるし〈証拠〉によれば、「人間は過ちを犯しやすい動物であること」を前提として、危険な実験等の安全性について考える立場があり、これを安全工学的立場といつていることが認められる。)、専門家であればこそ、自分の能力を過信して過誤に陥りやすいともいいうる。したがつて、責任の分散を図るべきでないとの右基本方針も本件実験の実験者の構成からみてあながち不合理とはいえないが、これを忠実に貫くことはやはり危険であるといわなければならない。

一方、前記認定のとおり本件事故に至る経過及びその原因に、〈証拠〉を総合すれば、電気雷管起爆装置の電源及び充電スイッチを切るべき責任者の確定、安全短絡スイッチを爆発室入室前に確認すること、インターロックシステム(安全短絡スイッチのかぎと爆発室のドアのかぎとを同一にして爆発室のドアを開けて内部に人がいると右スイッチをオフにできないシステム。本件実験では採用されていなかつたことは当事者間に争いがない。)を採用すること、後藤助手による電気計測装置の調整作業と淳による爆発室内での作業を平行して行わないこと、中川教授が実験全体の安全監督者として右各スイッチの確認を行うことのいずれかの措置を講じていれば本件事故の発生を防止できたものであり、右の各措置はいずれも比較的容易に行いうるものであつて、本件実験を行うにつき特に支障を生ぜしめるものでないにもかかわらず、本件実験ではすべて採用されていなかつたことが認められる。

(二)  以上のことから考えれば、中川研究グループにおいてその採用した安全対策には、それなりに理由があるものの、改善の余地があつたといわざるをえない。そして、できうれば中川教授は教授であり本件実験所長であるという行政的立場上安全面に関して指導力を発揮して右認定した各種の措置を採るのが安全対策上望ましかつたということはできる。しかし、淳の経歴及び能力、本件実験の意義、実験方法の選択の仕方、実験設備等の製作・管理、本件実験の参加者の構成は、前記認定のとおりであつて、これらに鑑みれば、中川教授が本件実験において淳らグループの構成員を遍く指導監督すべき法的義務(その結果として構成員の安全の確保に対する万全の配慮義務)があつたとまではいうことができず、本件実験での安全の確保は中川教授らとともに淳自身も又主体的に係わり、運営してきた中川研究グループの自主的、集団的決定に委ねられていたというべきものであり、本件実験においてはグループの構成員が前記の安全対策をもつて差し支えないと判断したうえで、本件実験を施行したことについては前記認定のとおりである。したがつて、中川教授としては自分の果たすべき本件実験における安全対策上の義務は尽くしていたというべきであつて、これ以上に率先して右行為に出なければならない法的義務が同教授にあるとまではいうことはできない。なお、原告らは、本件事故を回避するための措置を採るべき主体を中川教授に限定していないが、中川研究グループの構成からみれば、同教授以外の者(端的にいえば後藤助手)は右措置を採るべきことについて淳と同列に扱うべきものであるから、同人にも右義務がないのは当然である。

したがつて、国家賠償法一条又は民法七一五条に基づく原告らの主張はいずれも理由がない。

六結  論

よつて、その余の点について判断するまでもなく本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官武田平次郎 裁判官光前幸一 裁判官大門 匡)

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